ベルリン
リヒテンベルク駅 (Bhf Lichtenberg)−中東欧への入口【2004年4月13日】
 EUの東方拡大まであと半月あまり。ドイツのメディアは連日のように特集を組んで新加盟国を紹介している(例:シュテルン誌−www.stern.de/europa)。EU東方拡大と一言で言っても、その新加盟国10カ国は顔は実に多様だということが改めて感じられる。民族、宗教、言語、気候、経済。人々の生活にしても、現加盟国よりは貧しいということは言えるものの、新加盟国の中での差は大きい。例えば一人当たりの国民総生産は、2002年を基準とすると最高のキプロス(13,500 EUR)と最低のラトビア(3,740EUR)の間では3倍以上の差がある。このように、とても一言で新加盟国とは言えないのだが、やはり旧加盟国の各国民は何となく新加盟国と聞いて一つのイメージを持っているのではないだろうか。
リヒテンベルク駅
リヒテンベルク駅正面
 ドイツ人にとってはEU新加盟国は中東欧諸国と重なるところが大きい。地中海のキプロス、マルタをのぞいてもやはり多様性は大きいのだが、ベルリンに暮らしていると、中東欧諸国に関しては何となく共通のイメージが浮かんで来る。それは、ここで紹介するリヒテンベルク駅のイメージと二重写しになる。ちょっとピントはぼけているがまぎれもなく一つの対象を写した写真。そんなふうに例えると良いかもしれない。
 このリヒテンベルク駅は、ベルリンのSバーン環状線東十字駅(オストクロイツOstkreuz)から二駅ばかりさらに東に行ったところにある。駅の北側は東ドイツ時代に作られた高層アパートが並び、南側は五階建ての古い住宅が密集する典型的な東ベルリンの風景。その中にこの駅はある。ドイツ鉄道とSバーン(市内・近郊電車)、Uバーン(地下鉄)が乗り入れている。ドイツ鉄道の列車のほとんどは、2〜3両連結で東ブランデンブルク、一部ポーランドの国境の街を結ぶローカル線である。その中で一日に3本だけ毛色の変わった列車がこの駅から出発する。一つは昼下がりに出発する列車、あとの二つは夜に出発する夜行列車だが、両方ともどことなくすすけており、西ベルリンの中央駅であるツォーでは見かけないような色をしている。色だけではない。出発するホームに出ると東ベルリンの古い街並でかぐようなにおい。まぎれもなく石炭、褐炭をたいて出るすすのにおいだ。この列車はそうやって暖房、給湯の熱源を得ているのだろう。
 昼過ぎに出る列車は、モスクワ急行(Moskva-Express)と呼ばれるもので、ベルリンを出るとポーランドの首都ワルシャワ、ベラルーシ(白ロシア)の首都ミンスクを経てロシアの首都モスクワへと走っている。ヨーロッパの列車は、客車の連結分離を繰り返して走るものが多いが、この急行列車にも途中で分離されてロシアの旧首都のザンクト・ベテルスブルクへと向かう客車がつながれている。この列車、土曜日は行き先を変えて日本人にはあまり馴染みのないサラトフと言う都市まで走っている。またこの列車にはウラル山脈を越えてシベリア鉄道を通りノボシビルスクまで至る車両が連結されている。75時間を越える旅となる。
 乗客も特徴的だ。観光客らしき乗客はあまり見かけず、大きな袋に荷物を抱えた運び屋風の乗客が多い。それでも一頃に比べればかなり減ったようだ。乗車の手続きも独特。列車が止まっていても全てのドアから乗り込めるわけではない。乗車できるのは車掌が立っているところだけ。前の方はミンスク止まりの車両でベラルーシ国鉄の女車掌が改札をして乗車を「許可」している。後方はモスクワ行きの車両で軍隊のような帽子をかぶった体格の良い車掌がやはり鋭い目つきで乗車手続きをしている。旧ソ連、ロシアの官僚主義を彷彿とさせる。
 そして言葉。もちろんロシア語をはじめスラブ諸語なのだが、ポーランド語とロシア語の違いくらいは何となくわかるが、細かな違いは良くわからない。ただしドイツ語でないことだけは明らかだ。
改装されたホール
改装されたホール
 色、におい、音、そして緊張。ベルリン人が中東欧をイメージするときの基本要素が全てここにある。夜になれば、これに物騒な雰囲気が加わる。それでも最近は大分緩和された方だろう。私が初めてこの駅を利用したのは、もう15年も前のこと。私は旅行者としてベルリンを訪れ、プラハに向けてこの駅から列車に乗った。その頃は駅の周りに浮浪者風の人々が集まっており不穏な雰囲気さえしていた。後に聞いたところによるとルーマニアからの移民が主な構成要素だったということだ。その頃に比べると今は落ちついたと言える。駅舎も改装され、売店、キオスク、ファーストフードショップなど、一頃に比べれば見違えるようになったが、何となくあか抜けない雰囲気は「におい」「おと」から感じられる。
 もちろんこれはベルリンから見たイメージで実際とは異なるところも多い。シュテルン誌の特集によれば、例えばバルト三国の首都は、流行やハイセンスで満ちあふれているということである。しかしイメージはイメージとして存在する。それをベルリンで象徴するのが、この中東欧への玄関となっているリヒテンベルク駅というわけだ。
 東京人が、上野駅に東北のイメージを重ねるのと同じことだろうか。「訛りなつかし停車場」というわけだ。【長嶋】

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