ドイツ
介護保険と人材(その2)【2004年8月29日】
人材不足

 施設は、介護保険関係の書類を処理するため、介護とは直接関係のない事務のために人材を確保しなければならず介護に投入できる資金が減少することにつながっている。もちろん施設が確保しなくてはならないヘルパーの数は決まっているが基準数が低過ぎるために最低限の必要も満たしていないし、人材はもともと不足している。実際に新聞の求人欄を見ると、介護や看護の仕事はたいていの場合、複数の求人がある。これは現在の高い失業率を考慮すると職業として魅力あるものに見える。不況の首都ベルリンでも介護師の就職率はほぼ100%である。

 失業はしない、ただし自分からやめない限りはということになる。先ほどの統計で失業率を見てみる。看護・介護師の失業率は確かに低く2.4%、これはドイツの失業率の4分の1以下である。しかしヘルパーの失業率は、常に求人があるにもかかわらず意外に高く7.6%(2002年)、特に若い有資格者の失業率が高い。35歳以下のヘルパーが全体に占める割合は33%、これに対して、失業しているヘルパーのうち35歳以下の割合は47%にのぼる。ヘルパーは体力が必要な仕事と一般には認識されているがどうしてこのような結果になるのだろうか。

 介護師は過労の仕事という新聞記事が多い。高齢者介護に従事する介護師の数は12万5000人、不足しているのは少なくとも2万人だという(Berliner Morgenpost紙、2003年9月21日)。介護師の残業時間数の合計は昨年900万時間を越えている。
 疲労が蓄積するにともなって、介護師自身の健康にも影響が出ている。ドイツ介護研究所(Deutsches Institut für angewandte Pflegeforschung)の2003年の調査報告によると介護師の3分の1が前年よりも長期間にわたって病臥していたと回答している。

 しかし、健康上の理由だけではない。多くの介護師が、介護保険導入以来変化した職場環境に幻滅を味わっていることも若い介護師たちが職を投げ出す理由になっている。すでに述べたように、ドイツの介護保険のシステムでは細かな作業の一つ一つについて支給額が規定されている。以前は一人一人が介護の対象であったが、この計算方法が適用されるようになって「無駄な」仕事に対する監視が強化された。病気の高齢者に話しかけたり、慰めたり、本を読んで聞かせるといったルーチンワークに含まれない仕事で、しかし高齢者にとっては重要な意味を持つ行動は、作業に必要な時間や費用が厳格に規定されているため、困難になっている。

 それでは後継者の養成はどうなっているのか。連邦政府は介護を「未来の職業」として見直すことを決定し、これまで各州に任せられていた介護師の教育をドイツ全国で標準化しイメージの改善に努めている。
 残念ながらこの領域でも努力は成果につながっていない。職業教育注の若者には手当てが支給されるが、教育の初年度の手当ては月額615ユーロ(税・社会保険料込み)、三年目で770ユーロ程度でしかない。事務系の職業教育でも同じ額が支給されるのだから若者が他の職業に流れるのも無理はない。
 連邦政府では2001年にこの分野で職業教育を受ける若者の数を13000人前後と見込んでいたが、実際の数は全国高齢者介護連盟(Bundesverband für Altenpflege)の調べでは7000人に過ぎなかった。ヘッセン州の例では1999年に介護師の職業教育を希望した者は987名だったが、2001年末には552名に減少した。規定では介護施設に勤める介護師・ヘルパーの半数は有資格者でなくてはならないが、実際には38から40%程度と連盟では推定している。有資格者の数は減少しているが介護保険の導入以後、無資格で介護に従事する者の数は6倍に増えている。フランクフルト地域では有資格者の確保のために仲介報奨金すら提供されている(南ドイツ新聞、2002年1月3日)。

社会奉仕活動

 ドイツと日本の制度には似ている点が多いと書いたが、日本にはないもので福祉にとって重要な役割を果たしている制度が1つある。徴兵制度、正確には徴兵を忌避する若者たちが代替的に行うことを義務付けられている社会奉仕活動がそれだ。身体的に徴兵の条件を満たす者が兵役の代わりに奉仕活動を希望する場合には、病院や老人ホームで働くことも可能だ。

 これまで連邦政府は兵役代替活動に従事する者の社会福祉施設での雇用に際して補助金を支出していたが、これが一律半減されることになり関係者に打撃を与えている。政府はこれまで兵役よりも長く設定されていた奉仕活動の期間を兵役と同じとし、減少する奉仕活動の志望者が増えることに期待しているが、軍自体が再統一後大幅に縮小されたため志願者の数は年々減少し、2003年には用意されている奉仕活動志願者の職場の6割弱しか埋まっていない。

 しかし悲観材料ばかりではない。現在、首都ベルリン(人口約350万人)で、家庭内介護も含めて何らかの形で福祉ボランティアに従事する市民の数は州政府の推計では実に70万人という。兵役代替義務以外にも多くのボランティアが財政基盤の弱いベルリンの福祉活動を支えている。ベルリン市内には9箇所にボランティア紹介所が設置され、各紹介所が年に100人から300人を各種団体や施設に紹介している。志望者、施設・団体側双方ともに紹介数は年々増加しており、特に社会とのつながりを求める人々がボランティア活動に志願していると州では考えている。

失業と介護労働

 来年から実施される失業手当と生活保護手当の一元化によって、失業手当が減りこれまでのように希望する職が提供されるまで待つ余裕はなくなるが、これによって介護分野における人材の供給状況が解決されるのではないかと期待する向きもある。
 兵役代替活動志願者に対して支出される給与補助は半減されることになったが、Hartz-IV法では長期失業者を社会福祉施設で雇用する場合には時給で3ユーロ程度の給与補助が支払われる。これを受けて既にいくつかの慈善活動団体では長期失業者をヘルパーとして雇用する用意があることを表明しており、これがうまくいけば失業と介護の二つの問題が解決できるとあって注目を浴びている。

 この稿を書くための下調べで、失業手当、介護という単語を検索すると、「Hartz-IV法の前にジョブをゲット、介護・看護の仕事」と言う広告が出てきたりした。すでにこの法律に反対するデモも何度か行われており、失業者の危機感も高まってきているようだ。
 納税者の立場から見ると長期失業者のためにこれ以上の負担増はもうごめんだと言う論理は理解できるが、官庁の無駄遣いに対して「各省庁は節約勧告を拒絶」や、「若者すべてに社会奉仕活動を義務付ける提案」といった記事を読むと、どうも切り捨てられるところを切っているだけという気もする。

外国人労働力

 不足する医療および介護分野での人材不足をこれまで補ってきたのは韓国、フィリピンをはじめとするアジア諸国、それに東欧各国の出身者であった。

 連邦政府は不足するIT技術者の確保を目的として導入したグリーンカードを介護師についても導入することを決定した。グリーンカードとは名づけられているものの実際には特定の職業に関する期限付きのビザに他ならず、2001年末から2002年末までの一年間の間、東欧各国から介護従事者を募集し、1年から3年の滞在許可を与えるという制度であった。この「グリーンカード」にはドイツ国内の失業率の高さを理由として特に野党キリスト教民主同盟の反対が強く、さまざまな条件が付与されることになった。
 まず対象となる人材は東欧10カ国の政府機関によって仲介された身元が確かな人材であって、介護に関する資格を持たないこと(有資格者はドイツ人の有資格者と労働市場で競合するためという理由だが、有資格者のほうが人材は逼迫していることは既にのべた)。
 職場は主に要介護者のいる家庭が対象であり、不法就労を防ぐためドイツの社会保険制度に加入し、フルタイム就労、ドイツ人と同一の条件での就労が条件である。
 これらの外国人の雇用を希望する場合にはまずドイツ人の応募者を募集し、希望がないことを確認した上で仲介を申請することになっている。
 条件を列挙するだけでもこれでは人材不足の解決が目的ではなく、不法就労を防ぐための政策ではないかと勘繰りたくなる気がする。

 連邦雇用庁の統計を見て見ると、1996年には9.4%であった外国人介護師の割合はグリーンカード導入後の2002年には7.4%に低下している。人材不足の項で、無資格の介護従事者が大幅に増えたと書いたが、その多くが東欧諸国出身の労働力であるとs保苦行連盟の報告。しかしそれではなぜ統計上の外国人介護師の割合は減少しているのか。

 結局、このような制限のもとで実施されたグリーンカードでは外国人を雇用するメリットが皆無なので統計上、介護人材の供給にはほとんど寄与していない。また、給与、就労条件をドイツ人と同じにすると言う条件はドイツの施設がこれらの人材を直接雇用する限りは(原則的には)守らなくてはならないが、たとえばポーランドの人材派遣会社が介護師をドイツに派遣するのであればポーランドの社会保険に加入して、ポーランドの賃金レベルに外国派遣手当てを追加すればよいので守られていない。職業団体でも東欧諸国出身の介護従事者をドイツ人介護師の就労環境の改善を妨げるものとして警戒している。

 今年(2004年)春にはドイツと介護人材の供給協定を結んでいた各国がEUに加盟したため、これら諸国の出身者の就労には制限がなくなった。ただし、移動の制限は今後数年間存在するため、国境地域以外では現実にドイツの介護施設に東欧出身者が大量流入するということはない。ある新聞記事のインタビューで「ホームに入るにはポーランド語の試験に合格からなくてはならなくなるかな」という高齢者の冗談が紹介されていた。

最後に

 はじめはドイツの画期的な福祉システムについて紹介するつもりで書き始めた記事だったが、いろいろと調べているうちにドイツの試行錯誤について紹介することになったようだ。他人の失敗ばかり見ていると、どこも同じだと安心してしまいがちだが、筆者の意図は、むしろ問題の根本は同じなので発生する可能性のある問題も同じだという危機感を持ってもらうことにある。
 問題の解決には原因の究明が必要だ。日本では海外から移植された制度も多く、そのような制度の導入に当たっては政府が中心的な役割を果たしていて国民にとっては突然空から降ってきたような制度が多いような気がする。国民が必要だと言い出す前に政府が先行して新しい制度を提案、実施してくれるのはありがたいことだが、反面私たちの中には導入された制度をチェックし適切に運用し、必要があれば変更させていく責任があるという意識が希薄になってはいないかと思うのだ。だから、公共機関や政府の赤字が数千億や数兆円になってから「大変だ」という。たしかにドイツの介護保険のように900億円の赤字ならば「大変だ」の後に「何をすべきか」という言葉が続くだろう。

 しかし、新しい制度を見守っていくにはわたしたち自身も制度を理解する必要がある。理解するというのは難しい用語(特にカタカナの)を使うことではなく、その制度で何が変わるのか現実的な状況が想像できるという事だ。福祉について考える場合にも総額何億円の〇〇プロジェクトという発表はわたしたち個々人には意味がない。私が知りたいのは、私の家族のだれかが寝たきりになった場合にどういった介護を受けることができるのか、負担はどれだけになるのか、誰が介護をしてくれるのかと言うことに尽きる。

 とはいえ最も大事な問題点についてはこの記事で取り上げたので、次の機会にはドイツの政府関係機関で提案されたり、ここに記したような環境のもとで民間事業がどのように発展しているのかについても書いてみたいと思っている。【佐藤】


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フリーランスのリサーチャー、翻訳者、通訳者
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