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五、六日目
チェコとポーランドとの国境を越えてアウシュビッツへ向かう。雰囲気が他の街とはまったく違う。私達は「変な気分だなー」と口々に言った。街は何となく暗い感じがしており、変に虫が鳴いている。歩き回ると、線路に足がひっかかる。この道を通って何万人の人間が死んでいったのか。
この夜はスパゲッティの肉を食べられなかった。カトリック修道院の宿坊に泊まったが、私はなかなか寝付くことができなかった。
翌日はアウシュビッツ強制収容所を訪ねた。収容所は修道院のすぐ近くにあり、昨晩食事をしたレストランの手前だった。私たちはガイドを頼むことにしたが、ドイツ語でのガイドは断られた。ドイツ人にガイドをしたい人がいないのかと思ったが、実際にはそうではなく、そのときたまたまいなかっただけのようだ。ガイドは英語になった。
ガイドツアーはアウシュビッツの収容者を見せる映画で始まる。父方はユダヤ人の家系であり、親戚の中にはアウシュビッツで犠牲になってなった人も多い。伯母によると約五十人亡くなっているとのことだった。父の祖父母もここで殺されている。私の彼は映画館で父が涙を出していたのを見たそうだ。祖父母や親類のことを思っていのだろう。
アウシュビッツ・ビルケナウは本で読んでいた通りで、その点ではショックを受けるようなことはなかったが、博物館で女の髪の毛の山を目の当たりにしたときには気持ちが悪くなりそうだった。囚人が撃たれた跡だという黒い壁には千羽鶴も供えられていた。日本人もここで追悼したのだろう。
クレマトリア(焼却場)はナチスによって破壊されていた。敗戦が濃厚になったとき、証拠を消すために爆破させたのだ。廃墟の横には殺された人々を焼いた灰が捨てられたという池がある。その池には今ではカエルが生息し、畔(ほとり)には花も咲いている。灰が肥料となったのか、花はきれいに咲いている。何も知らず池を見つれば、むしろのどかな光景にさえ見える。私はそこに自然の矛盾を感じた。
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