ベルリンの始まり

ベルリン渓谷
 
 これから都市と建築というテーマでベルリン市内の散歩をすることになるのだが、最初にこの地域の自然についても記しておきたい。



  ベルリン市が位置する北ドイツ平原は氷河の移動によって形成された。氷河が後退すると、氷河の縁に当たる場所には丘陵ができ、丘陵の間には緩やかな谷間が 形成される。数回にわたる氷期のたびに北ドイツからポーランドにかけての地域では東南から北西の方向に走る渓谷が平行に4本形成された。

ベルリン渓谷の原風景はこんな感じだっただろうか。
ベルリン市南西部のシュラハテンゼー(Schlachtensee)。
湖の周辺は散歩や、ジョギングを行う人たちでにぎわっている。歩いて一周すると2時間くらい。

 南にあるラウジッツ地方の山々から流れる川や、沼沢地はこの地域の風景に多少のアクセントを与えている。ベルリン市の中心部が谷間にあることは、歩いていてもな かなか気づかないが、テレビ塔(Fernsehturm)のあるアレクサンダー広場(Alexander Platz)から1キロほど北ないし北東の方向に歩いてゆくと坂道になる。この坂を上がった高台はバルニム高地、対岸に当たる南側の高台はテルトウ高地と いい、その間の低地がワルシャワ・ベルリン氷河渓谷と呼ばれ、ワルシャワからベルリンの西方まで東西に走っている。谷の幅は数キロメートル程度で、ベルリ ンの中心部は谷間がちょうど狭くなった部分にある。谷底に当たる部分には砂礫が20メートル以上の厚さに堆積し、この層の中に地下水が蓄えられている。


右:ベルリン渓谷からバルニム台地を見上げる
左:シュプレー川


 市内を歩くといたるところに手押しポンプが設置されているのが目に付く。ベルリンの水道水はヨーロッパでは珍しく、直接飲むことができる。ただし、旧東地区では現在でも鉛の配管を使用している地域があり、神経系統に悪影響を及ぼす鉛管の使用は特に小さな子供にとっては危険が大きい。
 そういえば私が95年頃、東ベルリンのプレンツラウアーベルク地区に住んでいたとき、私の家の水道管は西の水道の半分くらいの太さで蛇口を思い切りあけても赤茶色の水がちょろちょろと出てくるだけだった。ベルリンの壁に面したブロックだったので統一前は人が住んでいなかったのかもしれない。結局その家に住んでいた一年間、毎日シャワーを借りに友人が住んでいる近所の教会に通っていた。しかし、あの家に住んでいたほかの人たちはどうしていたのだろう。

ベルリン中心部にある手押しポンプ:
 ベルリンの都心部では2、3メートル掘ると地下水が出る。市の上水道は100%が地下水のくみ上げによるもの。一時は工業用水のくみ上げによる水不足が心配されたが、統一後、東地区の工場が相次いで閉鎖されたため地下水位が回復している。


地図は?

 読者の皆さんはこの記事を読んでいて、「地図はどこだ」と思うかもしれません。でも、このコーナーではあえて地図を使わないことにしました。というのはここで紹介する場所には、私が過去11年間に7回引越しする間に「近所探索」の一環として訪ねたり、道に迷って「こんなところにこんなものがあるのか」と思った場所も多く含まれています。毎回訪問する場所もおおまかに地区は選んでいますが、そのときの話題に関係がある他の町の話に脱線したり、昼食のために立ち寄った関係のない通りも思いつき的に挿入したりしています。時間の限られた滞在では道に迷ったり、目的もなく道を曲がったりするのは時間の無駄ですが、迷うのも発見の始まりだと思います。サイト上では当初の予定と違う路地に入っても昼食の時間がなくなったり、飛行機に乗り遅れたりする心配はありませんから気の向くままに散歩して見たいと思います。
 もし皆さんの中で、「ベルリンにぶらぶら散歩しに行こう」と思う人が出てくればうれしく思います。 

【2004年5月5日】【佐藤】
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フリーランスのリサーチャー、翻訳者、通訳者
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