1701年 |
ブランデンブルク選帝侯フリードリヒ3世が、プロイセン王フリードリヒ1世として戴冠。王都ベルリンの誕生。人口2万8500人。 |
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1708年 |
現在のフンボルト大学医学部および同付属病院「シャリテ」の前身、ペスト・ハウス設置(1710年陸軍病院に転換)。 |
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1710年 |
ベルリン市と隣接する他の4都市の合併。人口5万5千人。面積6.26km2、戸数4107、教会13、商業建築24棟、公共建築26棟。 |
他に兵士とその家族が6500から7千名 |
1734年 |
旧市壁(要塞施設)の撤去。旧市街と新市街の連結。 |
1716年:亨保の改革 |
1750年 |
人口9万人。このころからウンター・デン・リンデン通りに面して大建築物群整備。 |
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1765年 |
最初の「賃貸住宅令」(Wohnungsedikt)。7年戦争後の住宅不足および家賃高騰の問題を解消するため、家賃の制限が行われ、王の所有地が住宅建設に提供される。 |
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1800年 |
人口14万7千人。面積13.3km2、建築物数6889(34400戸)、教会33、商業建築317棟、公共建築70棟。 |
他に軍隊関係者3万人 |
1806年 |
ナポレオンのフランス軍、ベルリン市入城。ブランデンブルク門上の四頭だて馬車(クヴァドリーガ)、戦利品としてパリへ(1814年奪回) |
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1809年 |
ベルリン大学(1828年からフリードリヒ・ヴィルヘルム大学)開設。1810年:教師52名、学生256名。 |
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1820年 |
人口20万人を突破。再び住宅難の時代に。面積14.0km2。 |
1825年:外国船打払令 |
1838年 |
ベルリン最初の鉄道が開通。このころから市の工業化が本格化。1844年:動物園開園。1847年:ジーメンス・ハルスケ社設立(今日のジーメンス社)。面積35.10 km2。 |
1841年:天保の改革 |
1848年 |
三月革命。市内では5万人の兵士が配置され、革命を鎮圧(翌年7月末、戒厳令解除)。 |
1853年:ペリー来航 |
1861年 |
市域拡大。人口52万4千人となる。面積59.2km2。 |
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1869年 |
赤の市庁舎完成。 |
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1871年 |
プロイセン国王ヴィルヘルム1世、ドイツ皇帝となる。貨幣単位がマルクに。企業設立ブーム。人口77万4千人。面積59.2 km2、住宅16万6千戸、教会66棟、学校144校、病院およびその他の公共建築20棟、商工業建築536棟、軍施設66棟。水道延長251 km、ガス管延長403 km |
1867年:大政奉還 |
1873年 |
近代的な地下下水道システム整備開始。建設は収容された浮浪者の強制労働によって行われた。 |
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1877年 |
ベルリン市内鉄道の環状線開通。1882年:市内の東西連絡線も開通。 |
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1880年 |
人口112万人。のちにベルリン西部の中心となるクアフュルステンダム(略称クーダム)の舗装工事が実施される。1895年:ヴィルヘルム皇帝記念教会完成。最初の映画上映。 |
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1900年 |
人口248万人(郊外を含む)、市域内人口:189万人。1902年:ベルリン高架鉄道開業(後の地下鉄1号線の一部) |
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1905年 |
市域内人口200万人を突破。市内交通の手段としてバスが登場。1907年:現在でも市内最大のデパートKDW百貨店およびホテル・アドロンがオープン。 |
1904/05年:日露戦争 |
1911年 |
自動車最高速度制限:25 km/h。面積65.72
km2。 |
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1914年から18年 |
第一次世界大戦。1918年11月:皇帝退位、ドイツ共和国成立 |
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1919年 |
市域内人口:189万3千人。面積65.72 km2、
住宅60万4千戸、教会143棟、学校356校、病院およびその他の公共建築297棟、工場および倉庫6467棟、ホテル・宿泊施設217軒、商工業建築
536棟、軍施設58棟。水道延長1140 km、下水延長966 km、ガス管延長1600 km、送電線7770 km |
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